株式会社コーエーテクモゲームス 代表取締役社長(COO)
『仁王』プロデューサー 鯉沼久史

株式会社コーエーテクモゲームス 取締役専務執行役員
『仁王』ディレクター 早矢仕洋介

――世界で250万本を突破した『仁王』ですが、発売前にヒットの予感はありましたか?

鯉沼:手応えはありましたが、本当にヒットするのかはわかりませんでした。発表から発売まで12年かかったタイトルですし、コーエーテクモの真価を問われる世界同時発売の新規IPでしたから、とにかく最良のものを最良の形で送りだすことを考えていました。初めに手応えを感じたのは、「α体験版」をリリースしたときでしょうか注1。ワールドワイドで85万回以上もダウンロードされとても驚きました。多くのユーザーが『仁王』を待っていてくれたことを実感しました。

早矢仕:よいゲームになる、という予感はありました。テスト版をプレイしたシブサワ・コウ注2も「自分がファン1号だ」と評しており、心強くもありました。しかし、世界を目指すなら予感でとどまっていてはダメで、より高いレベルを目指さなくてはなりません。そのために、体験版を多くのユーザーの皆様にプレイしていただき、その声を積極的に吸収していこうと考えたのです。

鯉沼:「α体験版」の評価は賛否両論でしたが、むしろ喜ばしい結果でした。ユーザーの方々にしっかりとプレイしていただけたのがわかりましたから。集まった皆様の声を真摯に受け止めて「β体験版」を開発しました。

早矢仕:「β体験版」リリースを機に、ネットでは「仁王に期待している」など好意的なコメントがぐんと増えました。調整方針を事前公開のうえ「β体験版」では実装し、「コーエーテクモは本気で『仁王』を良いゲームにしようとしている」とユーザーの皆様が感じてくださったことも大きかったと思います。「12年留年していた"仁王先輩"がいよいよ卒業」注3など愛情あるバズも広がって、背中をぐいぐい押されているような気分でした。

鯉沼:ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)さんが『仁王』を高く評価してくださったことも力になりました。前評判は高まっていましたが、新規IPでしたのでマーケットの反応は保守的だったのです。そんな中、マーケティング面で多くの示唆をいただきました。ユーザーの皆様のご支援と、SIEさんとのパブリッシャー・パートナーシップあってこその『仁王』のヒットだと思っています。

――12年前に発表し、その後中断していた『仁王』プロジェクトが再始動した背景について教えてください。

鯉沼:『仁王』の発表は2004年で、RPGとして開発がスタートしたものの納得のいく内容にならず作業は中断していました。決して諦めたわけではなく、その後もシブサワ・コウはずっと再始動の機会を狙っていたのです。そのタイミングが2009年のコーエーとテクモの経営統合でした。

早矢仕:経営統合後すぐに、シブサワ・コウから『仁王』をTeamNINJAで手がけてほしい、と言われ本当に驚きました注4。『仁王』はもちろん知っていましたが、まさかテクモの自分が担当するとは思いませんでした。

鯉沼:コーエーがこれまで培ってきた戦国時代や三国志などを中心にしたアジアの歴史をベースにした世界観と、テクモが実績を積み重ねてきた「コアなアクションゲーム」の融合という「コーエーテクモだからこそできるゲーム」にしたいと考えたのです。

早矢仕:当初は「NINJA GAIDEN」をベースに開発を始めたのですが、既存タイトルの延長線では意味がありません。目標は「コーエーテクモだからこそできるゲーム」なのですから、もう一度、根本に立ち返って企画の見直しを行いました。その結果、戦国時代を背景に、金髪碧眼の侍が「妖怪」を討伐しながら目的を果たすアクションRPG、「戦国死にゲー注5」という骨格が生まれました。

鯉沼:侍が敵と1対1で対峙する緊張感ある戦いというコンセプトはTeamNINJAにとっても新基軸の取り組みでした。シブサワ・コウも私も企画書を見て「これならいける」と確信しました。

早矢仕:シブサワ・コウからは、戦国時代の歴史観や武将の扱い方、妖怪のデザインについて、鯉沼からは「難しくてもよいから、理不尽なゲームにはするな」など、たくさんの指示がありました。市村正親さんや武井咲さんなど俳優の方々や、ムービー監督に樋口真嗣さんや神谷誠さんなど第一線で活躍する映画監督注6に入っていただいたのも鯉沼の考えです。

鯉沼:世界市場を相手にする新規IPとして『仁王』により大きなスケールを与えたかったのです。また、これまでコーエーテクモが送りだしてきた作品とは異なる戦国時代を描きたい、という想いもありました。

早矢仕:単なる戦国時代を舞台にした「死にゲー」というだけでなく、時代考証にまでしっかりこだわった世界観や、刀や鎧などの造形、日本妖怪のおどろおどろしい独自のデザインなどが、海外のユーザーには特に高い評価を得ています。

鯉沼:シブサワ・コウのこだわりとコーエーとテクモ、そのどれが欠けても『仁王』がこのような形で世に出ることはなかったでしょう。12年という年月が、このために準備された時間だったようにも思えてきます。運命すら感じますね。

――『仁王』がコーエーテクモにもたらしたものとは?

鯉沼:コーエーテクモの新規のIPが世界市場で認められたのは大きい成果です。発売初月の販売本数が100万本に達して、その大半が欧米地域の売上でした。これで次の大勝負をしかけられる、と思いました。また、発売後盛り上がってもすぐ落ち着いてしまう一過性のゲームが多いところ、リピート販売が継続して好調で、2019年2月には250万本を突破できました。これも大きい。タイトルが評価された証拠ですから。

早矢仕:近年「TeamNINJAは変わってしまった」という声を聞くことがあり、悔しい思いをしていたのです。そういう方々にも『仁王』によって、TeamNINJAを見直してもらえたのではないかと思います。欧米でのメディアツアーはどこも大成功で、多くのユーザーがTeamNINJAの完全新作を待っていてくれたことを感じて胸が熱くなりました。厳しい声も期待の裏返しだったのです。

鯉沼:個人的には、シブサワ・コウがまいた種を、これからのコーエーテクモを担っていかなくてはならない私や早矢仕を始めとする開発スタッフが一丸となって形にできたことが重要だと考えています。これで、世界市場で500万本タイトルを目指すロードマップを描くことができます。

早矢仕:同感です。いろいろな新しい可能性が見えてきたと感じています。とはいえ、まずは『仁王2』ですね。

鯉沼:『仁王2』は、ゲームの完成度としてもセールスとしても『仁王』を越えることが最低条件だと思っています。ユーザーの皆様の想像を越えるタイトルを目指していきたい。

早矢仕:続編という形ですが、新作を作るつもりで開発に臨んでいます。

鯉沼:『仁王2』は12年もお待たせすることはありません。

※本記事の内容は、2019年5月時点のものです。

注1:『仁王』には3つの体験版が存在する。α体験版が2016年4月、β体験版が同年10月、最終体験版が1月20日にリリースされた。最終体験版は21日と22日の2日間、48時間のみプレイが可能なバージョン。
注2:シブサワ・コウ 襟川陽一株式会社コーエーテクモホールディングス代表取締役社長のゲームクリエイターとしてのペンネーム。『仁王』ではゼネラルプロデューサーを務めた。
注3:「12年留年していた"仁王先輩"がいよいよ卒業」 『仁王』の発表から発売まで、12年間も「ファミ通の期待の新作トップ30」にランクインし続けたこと。
注4:2010年9月開催の東京ゲームショウで、『仁王』をTeamNINJAが手がけることが発表された。
注5:死にゲー:ゲーム中のミスへの救済措置がなく、何度もゲーム内での死を繰り返しながら、敵の行動パターンや弱点を学習しクリアしていくタイプのアクションゲーム。クリアした際の高い達成感が魅力とされる。
注6:オープニングムービーを『シン・ゴジラ』で監督・特技監督を務めた樋口真嗣氏、本編のムービーを『アイアムアヒーロー』『デスノート Light up the NEW world』の特撮監督を務めた神谷誠氏が担当した。